ヨガとは技術であり
ヨガカルマスカウシャラン

心の平穏こそがヨガ
サマトヴァンヨガウッチャテ

というお話はどこかで書いたかな、とも思うのですが
これらはヨガの定義をあらわしたスートラ、短い格言のようなものです。

心の平穏がヨガ、だとするなら
心を平穏にしたらどうなるか?心の平穏とはなんなのか。

ここで、もうひとつヨガを定義するスートラをご紹介したいと思います。
ドゥッカサムヨーガヴィヨガムヨガサングニタン
痛みからの解放がヨガである

これはバガバットギータという一大叙事詩マハバーラタの一部にでてくるスートラです。

ヨガでは、ここででてくる痛み、そして苦しみは
二重性からくる、と分析されています。

好き、嫌い。そして比較
ヨガの語源はご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、
2つのものを結びつけるとか繋ぐというような意味の、yujiから来ていると言われています。

ユッチャッテアネーナイッティヨガハ
異なるものを一つにするのがヨガである

これがヨガの語源のスートラ。

バベルの塔の話で傲慢な人間に神が与えた罰が言語の細分化だったように、
戦争が敵と味方という究極の二元論に陥った結果であるように、
分断や差別や区別、
それもすべてがひとつであるとわかれば、繋がっていることが納得できれば、
痛み苦しみから距離をおくことができるのかな、
ちょっと考えてみたいところ。

それはさておき、身体と心、身体と頭、ですらバラバラな私たち。
動かしたいように動ける体から、そこを結び付けるところからまずは一歩をはじめられたら。
そんな風にちょっと発想を変えて、
この練習好き!嫌い!などもちょっとだけ手放して。

さて、もう年内もご案内できるクラスが少なくなってきました。

12月は18日(水)自宅クラス

12月20日(金)湯島 麟祥院でのお寺でヨガのクラス

12月23日(月)日本橋自宅クラス

12月24日(火)自宅クラス

年越しまえに、大掃除するようにヨガのクラスにもぜひ納めにいらしてくださいね。

2024年12月13日