祖母の家は駅から遠かった。
馴染まぬ街を永遠に歩かないと到着しなかった。あの記憶がふと蘇る日。

サザエさん通り


私が生まれたのは木場の材木屋、東京の東側。深川の小さな水路がめぐらされたゼロメートル地帯と言われる下町エリアだ。
特に幼いころは、家も店も材木の置かれた倉庫も同じ敷地にある、昔ながらの職住一体型の古い家に住んでいた。
とても変な構造で探検しがいがあったけれど、その話はまたの機会に。

先日、あのサザエさんの著者長谷川町子美術館、そして記念館を訪ねた。

古い素敵な美術館と、現代的にデジタルを駆使された記念館のどちらも思った以上に面白く、まだ本当に幼いころからテレビで親しんでいるサザエさん大好きな息子も、そのお友達たちも楽しんでいたよう。
とってもすいていて、ちょっともったいないくらい。超おすすめ施設でした♡

さて、普段住んでいる、また生まれたエリアからは遠く離れた東京の西側の桜新町にあるこの美術館、
周囲の景色や街の雰囲気は、まったく本当になじみのないものなのだけれど、私にとっては実は懐かしさも覚える街並み。

祖母の家は私の家から遠かった。
そして駅からも遠かった。
世田谷の奥の方、住宅地のただなかに立っていたからだ。

町は違うけれど、まさに長谷川町子美術館は祖母の街の雰囲気。
私にとっては、あの、古くて手入れされたあの家を思い出す。

祖母は、家相や方位をみるひとだったので、祖母の家はその家相に厳しくのっとって建てられていた。
また昔の家だったので、トイレは長い廊下の先、ちょっと離れたところにあり、寒い寒い台所があり、タイル張りのお風呂があり、ピアノの置いてある応接間があり、小さな庭に向かって縁側があり、掃き出し窓があり、仏間があり、部屋と部屋の間には欄間があった。

ひっそりと静かでほこりっぽく、あまり気楽でない街の雰囲気や、ふみきりの音、
冷たい廊下を歩いていくトイレの寒さや、奥まった応接間の空気、仏間の暗さ、

そんなあれこれをありありと覚えていて、それをやはり懐かしく、また大切に思う。
祖母の家はとうに壊され、ごく普通の現代的な住宅になってしまい、
今住んでいる親戚とも縁が切れてしまったけれど、

あの懐かしく、おそらく住みづらい家を記憶に残しておくことなんだかとても大切なことのように思う、

そんな郷愁な気分になる名残の桜の頃。

2021年4月3日