ちょっと前にも記事にした、息子に学ぶシリーズ。(笑) ①はこちら→小学生の息子に学ぶヨガ哲学的な話1 – kiko yoga
目下、ヨガを一から学びなおしているところです。
毎月みっちり朝から晩までヨガの叡智を受講しているところなのですが、
そんななか先日師から新たに
「相手に何かを言う時、それを言うことが目的ではないはず。
何かをしてもらいたい、どんな風にか変わってもらいたい、などこちらには目的がある。
それが実現できるように言い方、伝え方に気づきを持ちなさい」(ものすごく意訳)
というようなことを教わって、
ああ、これはわたしどこかで出会っているぞ、と思った次第。

少し前、といっても一二週間の間に起きた朝の出来事。
朝小学校に向かう息子に、一緒にマンション下に降りてごみ捨てに行こうと玄関にごみ袋を持って出た私。
朝ヨガクラスにオンラインで出ているので、ゆるいヨガウエア姿(ほとんどパジャマ)だった。
そこで彼が私に言ったセリフが、
「ママ、その恰好ちょっとセクシィ過ぎるから、なにか羽織ったり着替えてから出かけた方がいいよ。」
私的には、ごみ捨てに行くスタイルとしては、まったく合格!と思うレベルの普段着(ヨガウエア)だったのだけれど、そんな言い方されたのでちょっと気分よく
「そう??あら、それなら、ちょっと着替えるわね。」
と、面倒がらずに少々まともな服に着替えて息子と連れ立ち、ごみ捨てに行ったのでした。
私にだって、彼が別に本当にセクシィ〜などと思ってはいないことはわかっている。
ファッションや身だしなみに並々ならぬこだわりを持つ息子からしたら、だらしない恰好(パジャマのような、ヨガウエア)の母親と、連れ立ってマンションの下に降りることが
本当に嫌だったのだろうと思う。
「ママには分ってるんだけどね、あなたがただ、この格好をみっともないとおもって着替えさせたかったのは。」
などと言いながらも、わたしは彼の希望したとおりにささっと着替えて、気分もよくごみを捨てられたし、着替えるのも面倒ではなかった。
息子は、恥ずかしい思いをすることも、彼の美的感覚を侵されることも、私の機嫌を損ねることも、機嫌を損ねる心配すらせずに満足して学校に行った。わたしのパジャマ(ヨガウェア(笑))をみて、不愉快に思う人も減らせたかもしれない。
と、ここでヨガ的な話に戻るのだけれど、
言ってすっきりするのが目的ではないのだから、
「そんな恰好変だよ!恥ずかしいからそんな恰好ででかけないで!
パジャマで外に出ようと思うなんて信じられない、おばさんなのにみっともない。」
とか言われたら、おばさんなのでそれほど気にならない、などと言いながら私はちょっとしょんぼりしちゃうし、もうごみ捨ても後でいいか、着替えるの面倒くさいし、などと思ってしまったかもしれない。
言った息子だって、じゃあごみ捨て後にするわ、などと私がむっとしていたら気分もよくないだろうし、そうでなくても朝からいさかいを起こすようなことをして、あまりいい一日の始まりとは言えないかもしれない。
かといって、口に出すのを我慢して彼の感覚に沿わない服装の母と出かけることはストレスだっただろうと思う。
口に出す言葉に、気づきを持つこと。
それが変えられる世界があること。
図らずも、師ことばの意味を、実践している姿を見せてくれたのはうちの中に居た小さな先生で、
またしても小学生の息子からヨガ哲学実践編を学んだという、レベルは高くないけれど、わたしなりのヨガ哲学的なお話。
クラスの最新情報はこちらから→公式LINE
2022年3月21日
